身近な人との別れから学ぶこと

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心にゆとりが無いとなかなか難しい事です。

ちと暗い話になる為、注意です。

 

結論

身内であっても一期一会を大切にする事で自分に厳しく人に優しく出来る。

何事にも寛大さを持ち、包容力を持って接する事が出来る人間を目指す努力が大事。

別れは突然起こるもの

人生長く生きていれば身内、知人、友人が亡くなりお別れをしないといけない事が必ずあります。

私の最初の身近な死は小学4年生の頃の祖父でした。元々おじいちゃん子だった事もあり、亡くなった事を知った時は衝撃でした。

 

当時はテレビとかでしか死に触れた事がなかったものですから初めての体験です。

小学生という事もあり通夜、葬儀、火葬、初七日までがものすごく長い期間に感じられ、いつまでも悲しい気持ちを持っていた事を今でも覚えています。

 

中学の頃に叔母と父方の祖父が無くなり、高専の時に叔父と友人、恩師が亡くなりました。感受性の高い10代の頃に様々な人の死を見てきた事もあり、他人に対していつ別れが来るかわからないと自然に考えるようになったと思います。

 

社会人になって祖母と同期が亡くなっても死に慣れる事はなく、むしろ小学生の頃の記憶がフラッシュバックしてしまい激務も重なって体調を崩してしまうほどでした。

 

メンタルが弱いというかトラウマ的なものでしょうか。そういった死を見るとその都度人の生死について考えてしまいます。

 

たった20数年生きてきただけでこれだけの身近な死に触れてきました。

それくらい別れというものは突然に起こるものなのです。

人との接し方について

10代で身近な人の死を見てきた事で人との接し方を考えるようになりました。

まだまだその境地にはたっていませんが少しずつ身になっているような気がします。

 

・人をないがしろにしない

・悔いのない接し方をする

 

独りよがりかもしれませんが、私にとって他人に会う事、身内であってもその日会えるのは一期一会です。

人に会う時は次は無いかもしれないと考えて接するようにしています。

 

その為、他人に対して優しく寛大に、包容力を持って接するよう心がけて丁寧に応対する事にしています。

心に余裕が無いと接し方は雑になってしまう為、まだまだ努力が足らないときもあります。

 

目指すところは自分に厳しく人に優しくする事です。

自分に対しては自助努力をひたすら継続していき心身の向上を図ります。

人からストイックと言われるくらいがちょうど良いのかもしれません。私の場合は好きでやっている事ばかりですから自分に厳しくというのは当てはまらないかもしれませんが。

優しさの意味を履き違えて甘やかす方に行ってはいけません。優しさとは寛大さと包容力です。一番難しい事ですから今後も努力して優しさを持てるようにします。

まとめ

人の死に触れる事で自身の考えに変化が見られたように思います。

もちろんその人に対する死を惜しむのは良い事です。そこから学べる事も多いです。

 

心に余裕が出来た時に振り返ってみるのもいいでしょう。

 

余談ですがこんな暗い話を記事にしようと思ったキッカケは今更ながら映画『おくりびと』を観たからです。遺体を棺に納める納棺士の話で非常に感動しました。

情景、心情ともに身近な人を無くした経験があれば何も違和感なく頭に入ってきます。終始感情移入しまくってずっと泣いていました。